木材保存誌コラム

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木材保存誌コラム

カーボン・なんとか・4

みちくさ vol.48 No.4 (2022)

ちょうど1年前、「カーボン・なんとか」とのタイトルで何回かにわたって、本コーナーに投稿したことがある。ここでは「なんとか」として「ニュートラル」「オフセット」「フットプリント」「プライシング」をとりあげ、これらに加えて発電に伴う二酸化炭素の排出量のことを書いた。今回はいわばその続編である。

まず「カーボンニュートラル」についておさらい。

「この意味が近年では概念化され、二酸化炭素の増減に影響を与えない、あるいはその排出量と吸収量のバランスが優れている状態を表す際にもこの言葉を使うようになってきた。具体的には二酸化炭素排出量削減のための植林や再生可能エネルギーの導入などによる排出量を相殺することもカーボンニュートラルと呼んでいる。とくに、日本政府の政策上でこの言葉が用いられる場合にはこうした意味合いが強い。」ということである。

このような情勢から各企業はまず事業における温室効果ガスの排出量を把握し、その上で削減目標を定め、省エネルギー化に取り組む。それでも削減できない分は、再生可能エネルギーの導入や「排出権の購入」などの手段を利用して、間接的に温室効果ガスを吸収することで埋め合わせる。

こうした取り組みは投資家からの評価を考える上で重要になる。とくに近年は、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字をとった「ESG投資」の考え方が主流になりつつある。つまり「カーボンニュートラルへの挑戦は、経済と環境を両立させた新たな経営手法を創造することにもつながる」ということになるわけだ。

電力各社による再生可能エネルギーの導入拡大、自動車メーカー各社による電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)の開発・販売、といったCMでもおなじみの企業のみならず、環境保全プロジェクトへの貢献、海外での自然再生やマングローブ林の保護といったプロジェクトを展開している企業も増えてきているのだそうだ。

でも植林によってどのくらいの二酸化炭素が吸収できるか計算したことがあるのだろうか気になる。

(徒然亭)

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「山線」のこと・2

みちくさ vol.48 No.3 (2022)

地元紙に「並行在来線廃止 地域交通のあり方は」という記事があった。この「並行在来線」とは「全国新幹線鉄道整備法に基づき国が計画した整備新幹線と並行して走る在来線」のことで、具体的には、東海道・山陽新幹線と盛岡以南の東北新幹線を除く区間は、JRが採算が合わないと判断すれば新幹線開業時に経営分離することが認められている。

分離後は沿線自治体が鉄道を第三セクター方式で存続させるか廃止してバスに転換するかが主な選択肢で、全国では三セクによる存続が多く、これまで廃線は一九九七年の長野新幹線開業に伴うJR信越線軽井沢-横川(一一・二キロ)のみであった。北海道新幹線の場合はJR函館線の函館-小樽間の二八七・八キロで、うち長万部-小樽間(通称・山線、一四〇・二キロ)は鉄路廃止とバス転換が決まった。そして今後は函館-長万部間の存廃論議が本格化する、ということだ。

この記事では、山線廃止に至った経過を踏まえ、地域の公共財としての鉄路の価値と、バス転換後の新しい交通体系のあり方を考える、とあり、二人の識者の意見が開陳されている。

一人目は民間の政策研究所の地域振興の専門家M氏。

曰く、「今回の山線を廃線にする、という判断は〈北海道百年の計〉を誤る大失敗となるのではないか。そもそも交通インフラは税金で整備、維持するのが世界の常識。軌道は道路と同じく税金で維持補修し、列車の運行は民間企業が担う、〈上下分離〉が世界の〈普通〉。道路に使う道路特別会計の数%を鉄道に回すだけで実現できる。税金はガソリン税を原資としており、二酸化炭素排出の少ない鉄道に回すことに無理は全くない。」等々、論を展開し「開拓の始祖たちによる血と汗の産物である鉄道を、安易に廃止するとなれば、残念でならない。」と締めくくっている。

もう一人は大学教授のK氏。氏は「沿線自治体は鉄路廃止を選択せざるを得なかった面がある。鉄路維持のために巨額の財政負担ができるかとなると、残したくても残せないのが現実。」としながらもいくつかの打開案を述べている。

筆者は無論、M氏の考えに同意するが……。

(徒然亭)

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「山線」のこと

みちくさ vol.48 No.2 (2022)

今回は、前回触れた函館本線のうちの小樽―長万部間、いわゆる「山線」にまつわる、かなりマニアックな話である。

僕の最初の長距離移動は父の転勤に伴う、小樽―東京―大阪の往復である。往路は小学校1年生の時(一九五四年)であり、その6年半後、中学校2年生の秋(一九六〇年)に逆の経路を辿って北海道に戻ってきた。無論、いずれも汽車旅である。

その記憶をたどり、いくつかの情報―ネットを検索すると、優等列車については、時刻、編成、牽引機関車まで調べられるようになっている―で補足してみた。

まず往路。急行アカシヤ(小樽一一:四四―函館一七:二〇)、青函連絡船四時間半(函館一七:五〇―青森二二:三〇)、急行北上(青森二三:〇五―上野一三:〇五)一四時間。東京―大阪間は不明であるが、特急に乗った記憶はない。昼間の急行なら一〇時間くらいかかったはずである。

次いで復路。大阪―東京は初めての153系電車急行「せっつ」(大阪一四:〇〇―東京二一:四四)八時間弱、翌日、青森まで常磐線経由気動車化前の蒸気機関車牽引特急「はつかり」(上野一二:三〇―青森二三:五八)一一時間半、夜中、青函連絡船四時間半(青森〇:二〇―函館四:五〇)、急行「大雪」五時間弱(函館五:三〇―小樽一〇:一三)。

東京―小樽はこの頃、この組み合わせが最短時間で二〇時間以上はかかっていた。

で「山線」区間の牽引機関車。一九五七年以降は、ここを通る3本の急行列車(大雪・アカシヤ・まりも)はいずれもC六二重連であるが、筆者が往路に乗った一九五四年時点ではD五一の重連だったようである。ちなみに同区間を走る準急はD五一単機。また室蘭本線経由の急行というのもあってこちらの方はC五七単機牽引だったが、函館―札幌間の所要時間は山線経由と大差なかったという。

その後、学生時代の研修旅行、就職試験などのときに使ったのはこの「山線」であった。もっとも、北海道から本州に行くこと自体、大変なことで、若いころは「旅を楽しむ」なんて気分にはなかなかならなかったように思う。そりゃあ飛行機の方が楽だもの。

(徒然亭)

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どうなる「山線」?

みちくさ vol.48 No.1 (2022)

年末、ローカル紙に『並行在来線・長万部―小樽「バス転換」近づく着地点』という見出し。

読むと「二〇三〇年予定の北海道新幹線札幌延伸に伴い、JR北海道から経営分離される並行在来線の函館線長万部―小樽間の存廃論議が行われ、沿線9市町のうち余市町のみが余市―小樽間の鉄路存続を主張、4町がバス転換、残りが態度を保留」とある。

実はこれに関連した話題は6年前、2回にわたって本コーナーで触れたことがあった。そこでは、『来春、北海道にも新幹線が走る。もっとも、それは函館までであって、札幌延伸はあと十数年先のことらしい。途中に四駅ほど造る予定というが、その頃の沿線人口を考えると、人よりエゾシカの乗降数の方が多くなるのではないか。』とか、『(札幌延伸後)函館本線の小樽・函館間は「並行在来線」となるので、経営は「JR北海道」から分離、第3セクター化される。しかし函館本線二五〇キロはいかにも長い。先日の地元紙では「札幌延伸後の在来線・長大三セク残せるか」という記事があり、お手本として九州の八代・川内間「肥薩おれんじ鉄道」があげられていた。』とも書いていた。

このうち今回協議された小樽―長万部間の一四〇キロは「山線」と呼ばれている。全通は一九〇五年で、海岸線に敷設可能だった余市―塩谷間も、汽車の煙や火の粉が漁業に悪影響を及ぼすと考えられたことから「浜」を避けて線路が敷かれている。

戦後しばらくは本州と北海道を結ぶ動脈(といっても直通する急行列車は3往復のみ)であったが、次第に削減され、優等列車はすべて室蘭本線を経由する「海線」で設定されることになっていった。そして航空路線の拡充に伴い、鉄道は本州連絡に関しての競争力を失っていったわけだが、なぜこの区間にトンネルだらけで、旅行気分を十分に味わえないような「新幹線」を作ろうとしたのか、筆者にはわからない。

態度を保留している3町は、並行在来線の存続を訴える住民団体が結成されるなど、鉄路維持を求める声が根強い点で共通しているそうだが、ハードルは高いという。

さて残りの長万部―函館間はどうなるのだろう。

(徒然亭)

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カーボン・なんとか・3

みちくさ vol.47 No.6 (2021)

以前、本コーナーで昨年の臨時国会において当時の菅総理が「我が国は、二〇五〇年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち二〇五〇年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言したことに触れた。

このうち「カーボンニュートラル」の件はすでに話題にしてきたところであるが、もう一つの「脱炭素社会」の方も、よくわからない、不思議な日本語である。

そこで「脱炭素社会は英語ではどう表現しているのだろう」と気になって少し調べてみた。そこであったのは「decarbonize」という語、これを日本語で「脱炭素」と訳しているわけであるが、本来は工学用語での「脱炭」(鋼を空気中で高温に加熱すると表面は酸化されて酸化鉄となり、炭素は一酸化炭素に変わって脱出すること)を意味しているとのことである。

そして、英語圏では「carbon-free」が普通で「decarbonize」があまり使われていないのは、この単語は身近な用語ではなく、「おそらく素人には意味不明の語として認識されているのだろう、またこの語を使った用例の大半が日本発の記事である」とのことだ。

いずれにしろ、炭素循環が明らかなアンバランス状態にあり、ここでの課題はその現状の是正なのだから、例えば「炭素好循環社会」といった言葉に変えてくれないかしら。そうすれば、木材や森林系のみならず、生態系全体での目標が立てやすくなるのではないかと思う。

ところで、今、イギリスで開かれているCOP26、クリーンなエネルギーへの移行について、議長国イギリスが以下の声明を発表した。

「主要経済国は可能なかぎり二〇三〇年代に、世界全体では可能なかぎり二〇四〇年代に、排出削減対策がとられていない石炭火力発電所から移行するため、取り組みを進める。また、こうした石炭火力発電所については新規建設を中止するほか、他国での建設に対する政府による直接的な支援をやめる。」

声明には四十か国あまりが賛同しているが、日本やアメリカ、中国は含まれていない。日本不参加の理由は「資源が乏しく海に囲まれている日本は、多様なエネルギー源をバランスよく活用することが重要だと考え、参加しなかった」だそうな。

(徒然亭)

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