木材保存誌コラム

ホーム > 木材保存誌コラム > 虫めがね

木材保存誌コラム

人間の叡智の限界

虫めがね vol.45 No.6 (2019)

「夢の溶媒」と言われたフロンは、その無毒、安定、不燃、高溶解能などの理想的な性質がある為に、冷媒、洗浄剤、発泡剤、スプレー剤、消火剤など広い範囲で多用された。二十世紀最大の発明の一つとまで言われていた。ところがその後、フロンは地球を覆っているオゾン層を破壊(環境破壊)することが判り、今では世界的に使用禁止となっている。

同じような運命をたどった物に有機塩素系殺虫剤DDTがある。DDTは人畜には急性毒性が低く、害虫を殺す効果は抜群であった。それで蚊、ダニ、シラミなどの感染症媒介害虫を駆除して、多くの人命を救った。わが国でも大戦後の衛生状態が悪い時期に、ハエ、蚊、シラミ等の駆除に大量に使われた。年配の人たちは、小学校で頭のシラミ駆除に白いDDTの粉剤を頭髪に振りかけられた経験があるでしょう。また、農業分野でも農業害虫の駆除に多用され、世界の食糧増産に大きく貢献した。このDDTの効果を見出したスイスのガイギー社のミュラー博士は、その功績により一九四八年にノーベル賞を受賞した。しかし、その後、DDTは環境中の有用昆虫を殺し、生物体内や環境中に容易に蓄積され、環境ホルモン作用や発癌性が疑われ、今では世界的にDDTは製造禁止となっている。

「夢の」とか「人類の救世主」などと言われていたものが、その後、使用・製造禁止となった例は、他にもある。これらは人間の知恵にとっては想定外のことであったのだろう。これらの物に共通するキーワードは「丈夫で長持ち」と「大量使用」の二つである。その優れた性質の為につい大量に使用することになる。ところが、それが化学的に安定である為にいつまでも地球上に残留し続け、環境汚染を起こす。少量を細々と使っておれば、地球にとって大きな負荷とならず、環境汚染問題も小さくて済むのであろう。

その他にも、人間の叡智を尽くして完成したものが、後に問題を起こしたものは歴史上少なくない。近年では、二〇一一年の東北地方太平洋沖大地震や、これに伴う最大遡上高四十mを超える大津波の発生は想定外であったと言われている。この地震と大津波により、叡智を尽くして完成した筈の東京電力福島第一原子力発電所が破壊され、メルトダウンを起こした。

これらの事は人間の叡智を超える想定外の事が自然界では容易に起こり得ることを示している。政治問題化している原子力発電所の可否はともかくとして、人間の叡智には限界があり、それを大きく超える自然の力があることを十分認識して、判断すべきことを教えている。

♪進化したサルは猿より苦労増え

(赤タイ)

ページトップ

ドードー(dodo)の絶滅

虫めがね vol.46 No.1 (2020)

インド洋に浮かぶモーリシャス島と呼ばれる小さな孤島がある。面積は一八六五km2で、日本の淡路島の約三倍の大きさの火山島である。この島はアジアとアフリカを結ぶ主要航路から外れており、長い間無人島であった。この島にはトラやオオカミのような肉食獣は生息しておらず、島に生きる動物たちは極めて平穏に暮らしていた。この島で進化した固有の動物に珍しいドードー(dodo)という鳥がいた。七面鳥くらいの大きさで、空は飛べず、地上をよたよた歩きながら、果実や木の実などを主食にして生活していた。

ところが世界は大航海時代に入り、一五世紀にはインド人、ポルトガル人が航海の途中に立ち寄った。一七世紀に入り、オランダ人がインド航路の補給地として入植を始めた。オランダ人が入植するとサトウキビの栽培を大規模に始め、農園の労働力として奴隷の移入が行われた。人間の入植者が増えると、ドードーを食料として捕獲するようになった。襲ってくる天敵がいない孤島で進化したので、平穏な生活に慣れており、警戒心が薄く、人間が捕獲しようと近づいても逃げようともしない。更に、ドードーは地上に巣を作り、卵を産んだ。この卵も人間により容易に捕食された。

こうして、ドードーの個体数は急速に減少していった。先に入植した人たちは、ドードーが減少していくのに気が付いて、捕獲を抑制すべきではないかと考えた。しかし、自分たちが捕獲を抑制しても、遅れて入植してきた人間たちが、捕食するので、抑制した者が損をするだけだと考えた。こうして、乱獲は止まらず、オランダ人が入植を始めて八〇年余りでドードーはモーリシャス島から完全に姿を消し、絶滅した。

この事例は、孤島と言う限定された環境で起こったので、人間の自然環境破壊が典型的に現れている。

それから約三四〇年後の今の世界を見渡すと、この事例と同じことが、今度は地球規模で起こっているように見える。世界の指導者は「自国ファースト」の掛け声とともに、地球上からいろいろな物を乱獲している。石油、レア・メタル、海からは鯨や魚類の乱獲。更には、大気中に大量の二酸化炭素を排出して、正常な気象を奪っている。また、PM2.5や排気ガスを放出して、生物にとって大切な青空を奪っている。

国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP 25 )で地球環境を守ろうと話し合いが行われているが、条約から離脱する国が出て、条約を守り二酸化炭素の排出を抑制しようとする国が損をする状態となる。これも、三四〇年前のモーリシャスでドードーの乱獲が止まらなかった状態に酷似している。

♪人類は神が造りし未完品か

(赤タイ)

ページトップ

プラスチック塵と海洋汚染

虫めがね vol.45 No.5 (2019)

プラスチック塵が大量に海に流れ込み、生物に大きな被害を与えていると問題になっている。国際環境NGO「グリーンピース」の調査によると、死んだクジラ、イルカ、ウミガメ、海鳥などの胃や腸から大量のプラスチック片が発見された。レジ袋やペットボトルの破片などを誤って飲み込んで、それらが胃や腸にたまり、その結果、餌を捕食できず、栄養失調で死んだとみられる。プラスチック塵は太平洋や大西洋のみならず、北極海や南極海も汚染していることが判っている。プラスチック塵が海へ流出すると漂いながら紫外線などで砕け、5㍉以下のマイクロプラスチックになる。これがイワシやアジやサバなどの体内に取り込まれ、次に我々がこれらの魚を捕食することになる。

今年(令和元年)六月に大阪で開かれたGサミット(主要カ国地域首脳会議)でもこの問題は取り上げられて「大阪ブルーオーシャン・ビジョン」が首脳宣言に盛り込まれた。スーパーなどの買い物で入れてもらうレジ袋や、飲み物に使うプラスチックのストローなどは近く使用禁止となるそうだ。

人類の歴史は、石器時代→青銅器時代→鉄器時代を過ぎて今ではプラスチック時代と言われている。おもちゃ屋に行けば、わたしの子どもの頃は、木や厚紙で作られていたおもちゃが、今ではほとんどがプラスチック製である。台所には、醤油、酢などの容器はガラス瓶だったのが今ではプラスチック容器が多い。浴室に行けば、浴槽、湯桶、浴槽椅子などいろいろ目につく。生活用品のみならず、自動車、新幹線、飛行機などの輸送機関にも大量にプラスチックが使われている。プラスチックは丈夫で加工がしやすく、軽くて腐らないなどの優れた性質を持つために、我々の生活のいたるところにプラスチックが存在する。

人類はこれまでプラスチックのような素晴らしい物が環境汚染を起こし、人類の害になるなどは全く予想もせず、プラスチックを利用してきた。これらは人間にとっては想定外のことであったのだ。

環境汚染に共通するキーワードは「丈夫で長持ち」と「大量使用」の二つである。石器は使用後、砕ければ土に戻る。青銅器も鉄器も錆びて壊れれば、これも土に戻る。石も青銅も鉄も元は地球の成分である。ところが、プラスチックは化学的に安定である為にいつまでも地球上に存在し続ける。「丈夫で長持ち」の性質はいずれ地球の負荷となり、環境汚染を起こす。少量を細々と使っておれば、地球にとって大きな負荷とならず、問題も小さくて済むのであろうが、安くて良い物なのでつい大量に使ってしまう。人間の小智であろうか。

♪人類は今や地球のお荷物か

(赤タイ)

ページトップ

グローバル化と招かざる来訪者

虫めがね vol.45 No.4 (2019)

今はグローバル化の時代と言われている。人や物が国境を越えて移動している。それも、ひと昔と比べて格段に大量に、そして短期間に移動しているのが特徴である。

昨年(二〇一八年)十二月には、日本に観光目的でやって来た外国人が年間三千万人を突破したそうだ。東京・京都・奈良などの代表的観光地だけでなく、今では地方へ行っても大勢の訪日観光客に出会う。来年(二〇二〇年)は東京オリンピックがあるので、四千万を超えるだろうと日本政府は予想(期待?)している。

グローバル化により日本にやってくるのは人だけではない。一九九〇年代初めに、史上最強の侵略的外来生物と言われているアルゼンチンアリが広島県廿日市市で初めて確認された。このアリは、元は日本には居なかったが、今では、日本国内のあちこちに分布を拡大した。一九九五年九月には、セアカゴケグモという毒クモが大阪府高石市で最初に発見され、今では近畿地方を中心に広く分布定着している。

二〇一四年には東京都の代々木公園で蚊に刺されてデング熱に感染するという事件が起こったことは、まだ記憶に新しい。デング熱は日本では無くなったと考えられていたが、六九年ぶりに国内感染が発生したわけだ。これもデング熱常在地域の東南アジアからの来訪者や、日本人が海外旅行して現地で感染し、日本に帰国する際にデング熱ウイルスを持ち込むことが原因と考えられている。

また、南米原産のアカヒアリが二〇一七年五月に兵庫県尼崎市で、中国からの貨物船で運ばれてきたコンテナの中から発見された。ヒアリはアルゼンチン、ブラジルなどの南米中部が原産と考えられているが、今では、米国、オーストラリア、台湾、中国と分布が拡大している。オーストラリアの隣国ニュージーランドでは、今までのところ水際阻止に成功している。日本でもまだ国内の定着は確認されておらず、環境省・厚生労働省が何とか水際で阻止しようと対策をとっている。アカヒアリは攻撃性がかなり強く、ソレノプシンやホスホリパーゼなどの毒成分を持ち、刺されるとアナフィラキシーにより、死亡することもある。米国では過去に累計で一〇〇名を越える死者が出ていると言う。

人間にとって必要・有益なものだけの来訪を認め、無用・有害なものの侵入は拒否する事などは出来ない。それがグローバル化と言うものであろう。

♪旅終えてわが家の茶漬け旨しとも

(赤タイ)

ページトップ

飲料自動販売機―その後

虫めがね vol.45 No.3 (2019)

飲料自動販売機は、今では日本中いたるところで見ることが出来る。バスの停留所、学校の食堂や体育館、駅のホーム、飛行場、映画館、町の集会所など、人が集まる所にはほとんど置いてあり、喉が渇いた時は手軽に飲み物を買うことが出来る。無人なので人件費は節約できるし、二十四時間、夜間でも購入できるなどの利点があり、大幅に普及している。いまでは、飲料販売総量の大半を自販機による販売が占めていると言われている。自販機で販売している方式には、缶入り、紙パック入り、ペットボトル入りのように、密閉容器に入った方式もあるが、流れ出てくる飲料を紙カップで受け取る方式もある。

嘗て、わたしは大学の学生の卒業研究で、飲料自販機内に侵入する昆虫類を調査したことがある。その結果、ゴキブリ、チョウバエ、コバエ類などの昆虫類が侵入すること、そして、それらの昆虫類の体表から、サルモネラやセレウス菌などの食中毒原因菌が検出されたことを明らかにした。わたしはこのことを学会(日本環境動物昆虫学会・二〇〇九年の年次大会)で発表した。そのことは、このコラムでも簡単に触れている(木材保存・三九巻一号)。この発表は当時、朝日新聞にも取りあげられた(二〇〇九年十一月十三日夕刊)こともあり、ネット上で拡散した。そして、日本自動販売機協会の役員の方が大学に来られて、わたしの意見を求められたこともあった。その後、いろんな人から、「あの報告を読んで、カップ式の自販機の飲料は飲まないようにしています」と聞いた。また、ある友人からは、カップ式のコーヒーを飲んだところ、カップの底にゴキブリの脚の欠片が沈澱していたことなどを教えてくれた。通常、人はこれをゴキブリの脚の一部とは気が付かないだろう。単なる小さなゴミと思うだろうが。

あれからほぼ十年を経過し、わたしはほとんど忘れかけていた。ところが最近になって、ある友人から、「近頃はカップ式の自販機は少なくなりましたね」と言われた。それで、街に出かけた時に気を付けて見ると、わたしがこの調査をした当時は、まだ、カップ式の自販機があちこちで見られたのに、今ではたしかにカップ式の自販機は見かけなかった。代わりにペットボトルと缶が大勢であった。

自販機の会社に確認したわけではないので、正確なことは分からないが、先のわたしの調査報告の結果、自販機会社も改善に努めたのか、今ではカップ式の飲料自販機は極めて少なくなったのは事実のようだ。

♪ゴキブリに生き方学ぶ三億年

(赤タイ)

ページトップ

前の5件 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11